中小企業の定着策1位は賃上げ73.0%|全社が同じことをやっている中で差がつく場所
採用動画
はじめに
人が辞める。だから給与を上げる。この順番は正しく、そして多くの会社がすでにやっています。
日本政策金融公庫総合研究所が2026年6月19日に公表した「中小企業における従業員の採用・定着に関する調査」によると、従業員を定着させるために実施していることの1位は「基本給や賞与等の引き上げ」で73.0%。回答した企業の7割以上です。
7割がやっているということは、差がつかないということでもあります。やらなければ負けますが、やっても勝てません。
この記事では、定着策の上位がすべて条件改善であることの意味を分解し、条件を上げても止まらない離職がどこで起きているのかを書きます。
この記事でわかること
中小企業が定着のために実施していることの上位5項目と、その実数
上位3つがすべて「条件を良くする」施策であることの構造的な意味
賃上げでは直らない離職が、いつ・どこで決まっているのか
テレビ通販で「言わないもの」と「赤文字で出すもの」を分けていた基準
採用時に出すべき情報と、出さなくていい情報の線引き
【この記事の執筆・監修】
Pinmov ディレクター 三上 渉吾
地上波テレビ通販番組の制作に6年間携わる。専門は、応募や購入につなげる動画の構成。現在はPinmovで、採用動画・広告動画・企業YouTubeの企画と構成を担当。
※テレビ通販の技術で視聴者の行動(CV)を引き出すPinmovのサービス詳細・事例資料は、お問い合わせフォームの内容欄に「資料希望」とご記入いただければお送りします。

数字を置く
日本政策金融公庫総合研究所「中小企業における従業員の採用・定着に関する調査」(2026年6月19日公表、2026年1〜3月期特別調査、調査時点2026年3月中旬、有効回答4,123社)の、従業員を定着させるために実施していることを尋ねた設問です。回答数3,110社、5つまでの複数回答です。
1位 基本給や賞与等の引き上げ 73.0% 2位 休日の増加 42.9% 3位 労働時間の削減 28.5% 4位 働き方の見直し 22.4% 5位 従業員の健康の配慮 19.6%
この調査も複数回答なので、%は「実施率」ではなく「挙げた企業の割合」として読んでください。
上位3つに共通する性質
1位の賃上げ、2位の休日増、3位の労働時間削減。この3つはすべて、労働条件を良くする施策です。
条件以外の施策が出てくるのは4位の「働き方の見直し」からです。上位は条件改善で占められています。
この並びには3つの問題があります。
7割がやっていることは、差別化にならない
73.0%という数字は、やっていない企業のほうが少数派だということです。
自社が賃上げをしたとして、隣の会社も賃上げをしています。相対的な位置は変わりません。全社が同じ方向に動くとき、動かないことだけがリスクになり、動いても優位にはなりません。
同じ構造は採用側でも起きています。人材募集で工夫したことの1位も初任給の引き上げ(43.4%)でした。これは中小企業の採用で効果があった工夫の3位は「自社サイトの情報充実」|1位・2位との決定的な違いに書いています。採用でも定着でも、最も多く選ばれている手は「条件を上げる」です。
条件改善には上限がある
賃上げの原資は無限ではありません。休日を増やせば稼働日が減ります。労働時間を削れば、同じ仕事を短い時間でやる必要があります。
大手と同じ土俵で条件を上げ続けることは、中小企業にはできません。上限が先に来ます。
しかも上げた条件は下げられません。業績が落ちても、一度増やした休日を減らすのは実務的に困難です。条件改善は、将来の選択肢を1つずつ消していく施策でもあります。
条件で入った人は、条件で出ていく
ここが本質的な問題です。
給与が高いから入った人は、より高いところが見つかれば移ります。休日が多いから入った人は、もっと多いところへ移ります。条件で選ばれた関係は、条件で切り替わります。
条件を良くすることは必要です。ただしそれだけでは、辞める理由を「他社がもっと良い条件を出すまで」先送りしているだけになります。
条件では直らない離職がある
辞める理由は条件だけではありません。
介護業界のデータを見ると、この構造がはっきり出ています。令和6年度の介護労働実態調査では、離職率は12.4%で2年連続低下し、全産業の14.2%より低い。業界全体で見れば、介護は特別辞めやすい業界ではありません。
一方で、29歳以下の離職率は他の年齢層より高くなっています。全体は改善しているのに、若手が早く辞めている。この構造は介護職の離職率は本当に高いのか|12.4%の内訳と若手の早期離職で数字を分解しました。
若手の早期離職は、賃上げでは止まりにくい。入って半年や1年で辞める人は、給与水準そのものより先に、入る前の想定と実際のズレに直面しているからです。
これは入社後に発生した問題ではありません。入社前に渡した情報が足りなかったことの結果です。
ここで誤解されやすいのが、「だから会社の悪いところを正直に出せばいい」という処方です。これは違います。
テレビ通販には「言わないもの」と「赤文字で出すもの」があった
テレビ通販の番組で、商品の弱点やデメリットを言うことはありません。6年間携わってきて、一度もありません。当たり前です。売るための番組だからです。
ところが、赤文字で、わざわざ目立たせて出していた情報があります。
家電の「通電後は返品不可」という注釈テロップです。これは視聴者にとって不利な情報です。買うのをためらわせる情報でもあります。それを小さく隅に置くのではなく、赤文字で出していました。
つまり通販には、2種類の「不利な情報」が存在します。
ひとつは商品の弱み。効果が出にくい人がいる、競合より性能が劣る部分がある、といった内容です。これは言いません。
もうひとつは、買った後に揉める条件。返品の可否、適用されない条件、追加で発生する費用。これは一番目立つ形で出します。
この2つを分けていたのは、作り手の良心ではありません。考査という外部の審査です。番組には放送前の審査があり、そこで引っかかるとMDが止めました。ディレクターも最初から考査を意識して作っていました。
どこまで言っていいか、何を必ず出すか。その線は、現場の裁量ではなく外から引かれていました。結果として、その線が番組を守っていました。
採用に置き換えると何が言えるか
採用動画や採用ページで、会社の弱みを語る必要はありません。通販と同じです。応募してもらうために作るものだからです。
ただし「通電後は返品不可」にあたるものが、採用にも存在します。
入って1か月以内に必ず分かる条件のことです。たとえば夜勤の頻度。繁忙期の残業量。配属先が選べないこと。土日に出ることがある月。免許や資格が入社後すぐ必要になること。
これらは会社の弱みではありません。条件です。そして、隠しても1か月で分かります。
隠した場合に起きることは1つです。入社後に発覚して、辞める理由になります。通販でいう返品にあたるのが、採用では早期離職です。
しかも採用の場合、失うものは返品より多い。採用にかけた費用に加えて、教育に使った既存社員の時間が消えます。「また辞めた」という感覚が現場に残り、それが辞めていない人の判断にも影響します。
採用には考査がない
ここが通販と決定的に違う点です。
通販には考査があり、MDが止めました。言いすぎれば放送できないので、自動的に歯止めがかかります。
採用にはそれがありません。求人票も採用サイトも採用動画も、止める外部の審査はありません。だから「アットホームな職場です」「残業はほとんどありません」といった表現が、確認されないまま世に出ます。
止める人がいない以上、線は自分で引く必要があります。
引き方は1つです。入って1か月以内に必ず分かることは、先に出す。それ以外の弱みは語らなくていい。
1か月で分かることを隠しても、1か月後に発覚するだけです。そのとき相手が受け取るのは、条件の悪さではなく「隠されていた」という事実のほうです。同じ情報でも、先に出すか後で発覚するかで、受け取られ方が変わります。
順番を設計する
必ず出す条件が決まったら、次は出す順番です。
通販番組で使っている順番がそのまま使えます。①自分に必要だと思わせる、②使っている場面を想像させる、③権威づけ、④最後に値段。
採用に置き換えると、給与と休日が「値段」にあたります。最初に値段を言うと、それ以降の説明がすべて「この金額に見合うか」の判定になります。だから条件は後ろに置きます。
そして、必ず出す条件(夜勤の頻度、繁忙期など)は②の中に置きます。実際に働いている場面を見せる流れの中に、その工程も一緒に映す。注釈として最後に付け足すのではなく、仕事の中身として見せる形です。
この順番で組んだ台本の実例は、業種別に公開しています。建設業は建設業の採用動画台本|施工管理と職人、2本の構成を秒数ごとに解説、グループホームはグループホームの採用動画台本|少人数の相性を入職前に見せる構成にあります。
定着の話は採用の話とつながっている
まとめます。
条件改善は必要です。73.0%がやっている以上、やらなければ土俵に乗れません。ただしそれは守りの施策で、差がつく場所ではありません。
差がつくのは、採用の時点で何を出したかです。1か月で分かる条件を先に出していれば、入社後のズレは小さい。ズレが小さければ、早期離職は起きにくい。
これは追加のコストを必要としません。採用で作るものの中身を変えるだけです。すでに採用に使っている予算の中で、何を見せるかを決め直す話です。
採用がうまくいっていない段階の会社は、まず母集団の問題を解く必要があります。新卒で予定の半分も採れていない企業が31.1%という状況については新卒採用で計画の半分も採れなかった中小企業が31.1%|中途12.8%との差はどこで生まれるかにまとめました。
よくある質問
Q. 賃上げをやめて別の施策に回すべきですか
やめないでください。73.0%がやっている以上、やらなければ相対的に不利になります。賃上げは必要条件で、十分条件ではない、という位置づけです。別の施策に回すのではなく、賃上げに加えて何をするかの話です。
Q. 会社の悪いところを正直に出すべきですか
出す必要はありません。採用で作るものは応募してもらうためのものです。弱みを並べる場ではありません。
出すのは「弱み」ではなく「入って1か月以内に必ず分かる条件」です。この2つは別物です。夜勤が月4回あることは弱みではなく条件です。隠しても1か月で分かるので、先に出します。
Q. 必ず出す条件を書くと応募が減りませんか
減ります。ただし減るのは、その条件では続けられない人です。その人は入社後に辞めます。採用の数字は減って、定着の数字は上がります。採用コストを「採用した人数あたり」で見るか、「1年後に残っている人数あたり」で見るかで、評価が逆になります。
Q. どこまでが「1か月で分かること」ですか
迷ったら、入社後1か月の新人に「聞いていない」と言われる可能性があるかどうかで判断してください。言われる可能性があるなら、先に出す対象です。
Q. 定着の施策として動画を使う具体的な形は
採用時に使うものと同じで構いません。入社前に見た内容と実際が一致していることが目的なので、入社後に別の動画を作る必要はありません。むしろ、採用で見せたものと入社後の実態が一致しているかどうかが、唯一の評価軸になります。
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出典 日本政策金融公庫総合研究所「中小企業における従業員の採用・定着に関する調査」結果(2026年6月19日公表) 介護労働安定センター「令和6年度 介護労働実態調査」(2025年7月公表)

三上 渉吾
Pinmov / ディレクター
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